『君の音色に惹き寄せられて』 1



「あれ?ここ、どこだ・・・?」

部活も終わった放課後、帰路についた俺は茜色に染まった空をぼんやりと見ながら歩いていた。
まっすぐ家に帰るつもりだったのに、気が付くと見知らぬ街並みの場所にいた。

「またかよ・・・」

これは俺の悪いくせだ。方向音痴のくせにぼんやりと歩くから、迷子になることなんてしょっちゅうだった。
がっくりと肩を落としながら、人気のない道を歩く。
どうやらここはベッドタウンのようで、似たような家がいくつも並んでいる。
誰かいれば道を聞くんだけどな・・・
人を求めて適当に歩いていると、前にある角の方から鼻歌が聞こえてきた。
ようやく人を見つけたと思って、前方の曲がり道を曲がる。
すると、今まで見てきた一軒家と違って、一際大きな家の前に出た。
どうやらこの歌はこの家の庭から発せられているようだ。
草も木も花も綺麗に整えられていて、まるで中世の貴族の邸宅のようだった。
呆気にとられて眺めていると、薔薇の木の陰からホースを持った女性が出てきた。

「〜♪」

どうやら鼻歌を歌っている張本人のようだ。
けど、このときの俺にとったらそんなことどうでもよかった。人に会ったら道を聞こうという意識もなかった。
ただ、見とれていた。その女性に。
柔らかな微笑みを浮かべ、鼻歌を歌いながら、本当に楽しそうに庭の手入れをしている。
別にそれほど珍しい光景でもない。
ただ、その女性のまとっている純白のワンピースが天使を想像させた。
我ながら馬鹿な考えだと思うが、そう見えてしまうのだからしょうがない。
庭の前で立ち止まり、ぼんやりとその姿は周りから見れば不審者かもしれない。
周りに人がいなくて良かった・・・
しばらくそうしていると、その女性とはたと目が合ってしまった。

「あ、こんにち」

バシャァッ

「・・・・・・」

俺、何かしただろうか・・・・
俺が挨拶をしようとした瞬間、その女性はホースを放り出して玄関先へ駆け込んだ。
放り出されたホースは水の勢いのせいで変にうねり、俺にめがけて水を吐き出して地面に転がった。
いまだに水を芝生の上へ吐き出している。
女性は少しだけ開けた玄関扉からひょっこりと顔を覗かせてこちらを伺っている。
その様子に戸惑っていると、女性が微かに口を開いた。

「な、なにか用ですか・・・?」

声小っさ!

「あー・・・・っと、俺道に迷っちゃいまして、道を聞こうかと」

あまりの声の小ささに驚いたものの、聞き取れたのだから返事はちゃんとした。
女性はじーっとこちらを見つめているだけだ。どうやら続きを促しているようだ。

「あの、ここって何ていう街ですか?篠原町って、どっち言ったらいいですかね?」

女性はふむふむと頷いて、小さな白い手を掲げた。
人差し指でさしている方を目で追えば電信柱。
そこには『小野町3丁目』の文字が。
最初の問いに対する答えはそれで終わりのようだ。
そして、俺が視線を彼女に戻すと電信柱を指していた指を、今度は向かって左に向けた。
どうやら

「そっちに言ったらいいんですか?」

女性はコクコクと頷いた。
二つ目の問いに対する答えらしい。
俺何かしたかな・・・
あまり納得のいかないまま、顔から雫をたらし、その方向に体を向けると。

「あっれー?恭嘉じゃん」

聞き覚えのある声。
毎日嫌というほど聞く声が、後ろ――つまり俺が来た方から聞こえた。

「阿楠・・・?」

ゆっくりと振り向けば、そこには同じ顔が二つ、高い場所と低い場所にあった。

「なんで、お前ら」
「なんではこっちの台詞やで、俺らんちの前で何しとるん」
「しかもびしょ濡れで」
「へ・・・?」

俺らんち・・・?

「え、ここ、お前らの家?」
「そうさ?」

じゃ、じゃぁあの女性は
玄関先に目をやればもう女性の姿は跡形もなかった。

「女の人が・・・」

庭先に転がったホースを指せば、「あぁ」と阿楠が納得の声を出した。

「闇姉さんだな、声かけたの?」
「いや、目があって挨拶しようとしたら・・・」

そういうと、阿楠は額を押さえ、阿梳は苦笑した。

「まぁ、びしょ濡れじゃ帰れへんやろ、風呂くらい貸したるさかい」

そう言って、阿梳は大きな邸宅を示した。






あとがきと言う名の言い訳
始まりました、第一章。
第一章は長女、闇ちゃんのお話ですね。
今回は闇と恭嘉の出会い編です。
最悪ですね。いきなり水かけられるとは。
これから前途多難だぜ、恭嘉!
まぁ、せいぜい頑張りたまえw




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