『君の音色に惹き寄せられて』 3



その女性が出て行った後、俺はすぐに浴室を出て服を着た。
少し小さかったが、気にするほどのものでもなかったので俺はそのまま二階へ移動した。
すぐわかると言ったが、一体、どっちの部屋に行けばいいんだ?

「あ、恭嘉。やっと出たんだ」
「阿楠」

二階に来たもののどちらの部屋に言っていいものか分からずに、広い二階のホールで突っ立ってたら、一階から阿楠が上がってきた。
今はもう制服ではなく私服で、マグカップとショートケーキが三つずつ乗った盆を持っている。

「阿梳の部屋だよ、こっち」

察しがいいのか、阿楠はすぐに俺を先導して阿梳の部屋に向かう。
そのとき、前方から甘いココアの匂いがしたので、カップにはココアが入っているんだろう。

「悪いんだけど、開けてくんない?僕、手ふさがってるから」
「ん、あぁ」

『アスク』と書かれたプレートの下がった扉を開くと、未だに制服の阿梳がベッドの上で横になっていた。
俺たちが部屋に入ったのに気づいた阿梳は起き上がってその場で足を組んだ。
そして、俺を見上げて不適な笑みを浮かべた。

「恭嘉、お前地球姉ちゃんに怒られとったやろ」 
「あぁ、そういえばそうだね」

阿梳の放った言葉に、阿楠は思い出したようにくつくつと笑った。
そして俺はというと、その珍しい名前と二人の笑いように首をかしげた。

「あーす・・・?」
「うん。二番目の姉さんで、『地球』と書いて『アース』」

阿梳の部屋には机と座椅子、本棚、音楽コンポなどしかなくて、俺の部屋と違って整理整頓がきちんとされていた。
阿楠はフローリングの上にお盆を置いて座椅子のひとつに座る。
俺は阿楠の向かいの座椅子に座りながら、返した。

「英語読み・・・」
「まま、そこは気にしない気にしない」

まさか立て続けに九人姉弟の上二人に会えるなんてな。

「地球姉さんは節約しないと誰であろうと怒るからな。どうせお湯出しっぱなしにでもしてたんだろ?」
「節約って・・・」
「うち貧乏やさかい」

貧乏・・・?こんな豪邸にすんでいるのに?
不思議に思ったが、二人の顔がさっきより心なしか暗かった。
何か特別な事情でもあるんだろう。俺はそのことに関しては何も言わなかった。
かわりに、気になったことを口にした。

「それにしても、対照的は二人だよな、闇さんと地球さんって」

俺の呟きで、双子の表情はいつもの顔に戻った。
そして、阿梳はココアの入ったカップを手にとって一口すすった。

「そらそうやろ、地球姉ちゃんにとったら闇姉ちゃんは反面教師みたいなもんやからな」

反面教師か、それなら対照的なのは納得できる、と俺が考えていたら阿楠が抗議の声を上げた。

「でもさ、その言い方は違うんじゃない?」
「ん、そうか?」

阿楠は俺の前にケーキとココアを置いてから、自分の分のショートケーキを引き寄せる。
一口自分の口に運んでから、口を開いた。

「もともと生まれ持った気質が反対だったから、お互いにそれを補うようにして育ったんだよ」
「へぇ」
「ま、母さんが言ってた受け売りだけどね」
「生まれ持った気質ねぇ。・・・あ、うまい」

思ったことを口にだしてから、 出されたココアを一口飲んだ。
そのココアはつい口にだしてしまうほど、うまかった。
結構甘いものにはうるさい俺だが、これには文句のつけようがない。
甘過ぎもせず苦過ぎもせず、ちょうどいい具合の甘さで、口当たりもさっぱりしてる。
そして、ちょうどいい具合に暖められていて、この寒い季節にはちょうどいい。

「これ、どこのココアなんだ?」
「これ?僕が作ったんだよ」
「は?」

阿楠が?

「あ、いやそりゃココアパウダーは既製品だけどさ、お湯とミルクと砂糖を入れて作ったのは僕だよ」

このお転婆娘がココアを作れるなんて・・・意外だ・・・
ここに来てからずっと、阿楠の意外な一面を見ている気がする。
まさかあの阿楠にこんなに女の子みたいな一面があったなんてな・・・

「阿楠って意外と女の子らしいのな」
「そ、そんなことないさ・・・」

褒めたつもりだったんだが、阿楠の表情は何故か強張った。
無理に唇に弧を描かせて、見ていて痛々しい笑みを作っている。

「わ、悪い」
「何謝ってんのさ。謝るようなことしてないだろ?」

つい謝ってしまったが、余計に妙な空気を作ってしまった。
少しの間沈黙が流れたが、ついに耐え切れなくなった俺はケーキを口に運んだ。

「こ、このケーキもうまいなっ、これももしかして手作りなのか?」
「あぁ、それは闇姉ちゃんが作ったんやで」

それには阿梳が答えて、阿楠はトイレ、と席を立った。
阿楠が出て行くのを戸惑いながら見送るって、俺はどうしようかと阿梳を見つめた。

「気にせんでええよ」
「でもよ」
「阿楠に女の子らしいは禁句や、覚えとき」
「あ、あぁ」

阿梳はそれだけ言うと、口を噤んだ。
何かあるのだと、それだけはわかったが俺は聞かなかった。
誰にだって、聞かれたくないことの一つや二つあるはずだから。
俺は再びココアに口をつけた。

「うん、うまい・・・」




あとがきと言う名の言い訳
うーん・・・思ったが、闇がヒロインなのにぜんぜん出てこないっ!
ま、まぁ、後から恭嘉が猛アタックをかけるからいっぱい出てくるけど
ここの話は完全にあれですね
他の話への伏線ですね。
これを入れるか迷ったんですけど、結局入れました。
まぁ、ここから皆さん好きに予想を立ててくださいっ!
ではでは。





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