『君の温かさに気付かされて』 2



「闇ちゃん、なんか疲れてる?」

昼休みによく遊びに来る生徒の一人が私の顔を覗き込んだ。

「え?あぁ、ううん、そんなことないよ。というか、立川先生といいなさい」
「えー?うっそだぁ」
「怪しいよねぇ?」

私の注意を無視して、五人の生徒はじっと私を見つめる。
それにしても、こういうときの女の子って勘が鋭いな・・・
いつもとちょっと違うだけですぐばれちゃう。
ばれないように小さくため息をついて、手元のカフェオレを口に含む。
喚起のために開けた目の前の窓から少し冷たい冬の風が吹いてきて、少し身を振るわせた。
さすがに真冬の風はきつい。
窓を閉めて立ち上がり、保健室の暖房を入れる。
学校で数少ないエアコンの設置されている保健室。その暖房を求めてやってくるのが彼女達だ。
なので、ちょっと意地悪して窓を開けていたのだけど、やっぱり自分も寒いし、いつ体調の悪い生徒がやってくるかもしれないからおとなしくエアコンをつけた。
再び机に戻ってカフェオレを口に含んだら、それは先ほどよりも冷めていた。

「ほんとに何でもないからね」
「あー!わかった!」
「え?何々?」
「闇ちゃん、恋ね、恋なのね!」
「なっ!ゴホッゴホッ」

一人の発言に思わずむせてしまった。

「そ、そんなわけないでしょう?!」
「わー、慌てるってことはそうなんだー、へーへー」
「闇ちゃんが恋かぁ、相手はどんな人かなぁ?」
「ちょ、ちょっとあなたたちっ!」

一体何を言い出すのかと思えば、【恋】?
そんなの、あるわけないのに。
だのに、生徒達は女子高ではあまり身近にない色恋の話題に興奮気味で、人の話など全く聞いていない。

「どんな人なの?」
「ねぇねぇ先生、教えてよー」
「だから、そんなんじゃないって言ってるでしょう?」
「えー、じゃぁ、闇ちゃんが悩んでる理由って何さー」

ぶーぶーと口を尖らせて文句を言う生徒達に私は時計を横目で確認しながら言い放った。

「そうね、あと一分で本鈴がなるというのに、あなた達がまだご飯を食べ終えていないことかしら?」
「え、うそっ」
「ほんとだっ」
「まだ食べ終わってないのに〜」
「次なんの授業だっけ?」
「じゃぁ、またね、闇ちゃんっ」

と、口々に言って去っていった。
彼女達が出て行ったと同時に、午後の授業の始まりを告げる鐘が鳴り響いた。

「全く、あの子たちも慌しいな」

鐘が鳴り終わると、一気に静かになった保健室。
暖房の音が嫌に耳に付いた。

「ふぅ・・・」

こうも静かだとわざとらしくため息をつきたくなる。
今日やらなければいけない仕事は一通り終えたため、調子の悪い生徒が来ない限り暇、というわけだ。
ぼんやりと天井を眺めていると、今朝のことを思い出してしまった。

「もしかして、迎え・・・本当に来るのかな・・・」

確かあの人は「送り迎えを頼まれた」と言っていたはずだ。
だとしたら、一体どういう対応をすればいいのだろうか。
今朝の記憶は曖昧で、ずっと走って学校まで来たのか、どこでどうやって恭嘉さんと別れたか。
ほとんど覚えていない。
それほどまでに、初めて家族以外の男性と手をつなぐという行為が私にとって衝撃的なものだったということだ。

「だって、しょうがないじゃない・・・」

あのことがあってから、男性は怖いものだと、ずっと認識してきたのだから・・・
そして、学校は全て女学校。
本当に我が侭だったな・・・
そのせいで地球ちゃんにも迷惑かけて、亜紅亜ちゃんにだって・・・

「はぁ・・・情けないなぁ・・・」

だからこそ、私は今みんなを支えなきゃいけない。今まで散々迷惑をかけてきたのだから。
それなのに、今でもみんなに迷惑を・・・
そこまで考えて、私はカフェオレを口に含んだ。
瞬間

「あ、あの、先生・・・?」
「ぶふっ!」

いつにまに部屋に入っていたのか、一人の生徒が不審そうに声をかけてきた。
それに驚いた私は思い切りカフェオレを噴き出してしまう。

「だ、大丈夫ですか?先生」
「ご、ごめんなさい。あなた、いつから・・・」
「えっと、立川先生がしょうがないじゃない、って言ってるとこらへんからです」

口元をタオルで拭きながら問えば、衝撃的な事実。
なんということだろう、一人つぶやいていたのを聞かれてしまった。
ショックを受けて固まっていると、体操服姿の彼女は申し訳なさそうに口を開いた。

「あの、ノックしても返事なかったから・・・」
「あぁ、大丈夫よ・・・。転んだの?」

一つ深呼吸をして落ち着くと、ようやく現実が見えてきた。
彼女は体操服に砂を大量につけて、膝からは出血もしていた。
考え事に没頭して生徒の状態にすぐ気づけないなんて、養護教諭失格だわ・・・

「あはは・・・持久走で思いっきり・・・」

恥ずかしそうに笑う少女に、椅子を示して座らせる。
傷口は水道で洗ってきたようで膝に砂は見当たらない。
ただ、結構な出血量なので膝から脛にかけて血が垂れていた。

「ごめんなさい、すぐに気づけなくて・・・痛かったでしょう?」
「ううん、平気」

明らかに強がりだろうに、うっすらと瞳には涙が滲んでいた。
噴いたカフェオレを布巾で綺麗に拭ってから、私は消毒液につけた脱脂綿とピンセット、ガーゼ、テープを用意した。

「しみるけど、我慢してね」
「う、うん・・・」

少女は緊張した面持ちできゅっと両目を瞑った。
誰であれ、この消毒液の沁みる感覚は苦手なはず。
その様子に微笑みながらピンセットでつまんだ脱脂綿で血を拭っていく。

「っ・・・」

少女はぴくぴくと反応を示したが、逃げずにおとなしくしてくれた。
消毒が終った後はガーゼをテープで留めて傷口を塞ぐ。

「はい、できたわよ」
「ありがとうございます」
「いえいえ」

用具を片付けて振り返ると、少女は立ち上がる様子もなくじっとこちらを見つめていた。

「どうか、した?」

戸惑って首を傾げると彼女は真剣な表情で言った。

「先生、男性恐怖症直ったんですか?」
「へ?」

男性恐怖症だということを私は彼女に言っただろうか・・・

「今朝男の人と手、繋いで来てましたよね?」
「え?あ、いや、あの人は」
「彼氏さんですか?」
「ち、違うわよ」

ど、どういうことだろう・・・
今まで座っていた少女は立ち上がって私に詰め寄って質問してくる。

「じゃぁ、どういう関係ですか?」
「あの、妹達の友達で、送り迎えをするよう頼まれたそうなの。そ、それで」
「そうですか」

それだけ言うと少女はそのまま出口に向かった。

「ありがとうございました」

と、満面の笑顔でお辞儀をして出て行った。

「なんだったんだろう・・・」

いきなり男性恐怖症直ったんですかって・・・
私誰にも言ってないはずなんだけど・・・
それにしても、今朝のことを見られていたなんて。
あの五人組も見たんだろうか。だからさっきの話・・・?

「はぁ・・・変な噂が立つ前になんとかしないと・・・」

それにしても・・・
男性恐怖症、直せるものなら直したい・・・
そう思ったとき、あるアイデアが私の頭に浮かんだ。

「そうだわ、そうよ、チャンスだと考えればいいのよ」

このシチュエーションは、阿楠ちゃんたちが用意してくれたチャンスだと考えればいいんだ。
恭嘉さんが一体どういう考えで私の送り迎えをしてくれるのかわまだ分からないけど、私は私の考えで対応させてもらおう。
私の男性恐怖症、いえ、人間不信を少しでも改善するためにも。
これ以上みんなに迷惑をかけないためにも。

「頑張るのよ、闇っ!」

私は立ち上がり、完全に冷めてしまったカフェオレを一気に仰いだ。





あとがきという名の言い訳
今回はちょっと長めでしたね。
闇ちゃんの好きな飲み物はカフェオレです。
は置いといて
なんとか恭嘉から逃げずに、恭嘉と向き合う道を選んでくれた闇ちゃんですが・・・
保健室で一人ぶつぶつ言っている光景はちょっと情けないですね。
あの子もびびったことでしょうね。
さてこれからは、今まで少なかった闇ちゃんと恭嘉のからみが一気に増えますので
乞うご期待!



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