『君の温かさに気付かされて』 3
放課後、といっても、もう午後の七時。
この時期、この時間になるともうあたりは真っ暗で、学校の明かりが周りをぼんやりとだけ浮かび上がらせている。
その他の明かりといえば校門にある門灯だけだ。
私は今、すべき仕事を終らせて校門に向かっている。
「はぁ・・・」
ため息をつくと、それは一瞬白く凍結し、すぐに消えた。
きっと、恭嘉さんはいないだろう。
お昼に意気込んだのはいいけど、私はあることを失念していた。
恭嘉さんは生徒で私は教師なんだ。
部活がある日はともかく、今日からテスト期間で部活はない。
つまり、帰る時間に差がありすぎるんだ。
迎えに来るといったけど、私の帰る時間も分からないのだから来るわけがないだろう。
自分はなんと浅はかなのだろう。
でも、帰りがなくとも朝がある。
「気を取り直して頑張ろう!」
ミトンをはめた手を握り締め、私は毅然と前を向いた。
すると、校門の光の下に影が見えた。
誰かいるのだろうかと考えていたら、その影がこちらに気づいて振り向いた。
「闇さん、お疲れ様です!」
「・・・・・・っっっ!!!」
ザッ!
「あ、あれ、闇さん・・・?何してるんですか?」
「え?」
私は今校門近くに停めてある車の陰にうずくまっている。
別にお腹が痛いわけでも、体調が悪いわけでもなくて。
恭嘉さんの姿を見たら体が勝手に・・・
お昼から、心構えはしてた。
男性恐怖症を少しでも改善するために、恭嘉さんに送り迎えをしてもらおうと。
並んで帰る事を、覚悟してた。つもりだった。
つもりだったのに・・・
「えっと・・・ちょ、ちょっとおお落し物を・・・っ!」
「え、大丈夫ですか?何落としたんですか?」
「あ、いいいいいえ、も、もう見つかりましたんんでっ!」
心配してくれたのか、恭嘉さんが遠慮がちに校門をくぐって入ってきた。
私は慌てて立ち上がって大げさに両手を振った。
「そうですか?なら、帰りましょう」
そう言って微笑んだ恭嘉さんはくるりと方向転換した。
ほっと胸をなでおろした私は前方にいる恭嘉さんを盗み見た。
恭嘉さんは今制服ではなく私服で、ジーパンにパーカーという軽装だ。
タートルネックのインナーを着ているようだけど、寒くないのだろうか。
そう思ったとき。
「ぶぇっくしょいっ!」
大きなくしゃみがひとつ、前方の男の子から発せられた。
「やっぱり寒いんだ・・・」
「何か言いました?」
ぽつりとつぶやいたら、すぐにこちらを振り向いた恭嘉さんに驚いた。
み、耳がいいのね・・・
「な、な何も言ってないですっ」
「そうですか・・・」
そう言って再び前を向いて歩き出した恭嘉さんが、少し残念そうに見えたのは気のせいだろうか?
慌てて後ろを追いかけながら首をかしげた。
「あ、そうだ」
「は、ははい?!」
まったく、情けない・・・
恭嘉さんが何か発するたびに過剰反応を示している自分。
覚悟を決めたはずだったんだけど・・・
「横、来てくださいよ」
「へ?」
「これじゃ迎えに来てる意味がありません」
苦笑しながら言う恭嘉さん。
迎えに来てる意味・・・
「女性の一人歩きは危険だから迎えに来てるのに」
言いながらぽてぽてと後ろ歩きで私の隣に戻ってくる恭嘉さん。
「後ろにいられちゃ掻っ攫われても分かりませんよ」
その行動がなんだか可愛くてくすくすと笑ってしまった。
それにつられたのか、恭嘉さんも笑みを深くする。
「やっぱり闇さんは笑ってる方が可愛いです」
「か、かかかわ・・・っ?!」
いきなり何を言うのかと思えば、可愛い?
そんなこと言われたこともないし、ましてや、面と向かって男の人に言われるなんてあったためしがない。
顔に体中の熱が集まったような錯覚を覚えて、私はクラクラと立ちくらみがした。
「お、おおお大人をか、かかからかうもものじゃっ!」
「はい、すみません」
と、謝るわりには、悪びれた風もなく楽しそうに笑っている。
よ、読めない人・・・
「さ、闇さんが冷えるといけないから早く帰りましょう」
「えぁ、あ、はい」
私が冷えるといけないからって・・・
「きょ、恭嘉さんは・・・?」
「あぁ、俺は男だから大丈夫です」
っていいながら、あんまり大丈夫そうじゃないんだけどな・・・
その証拠に、両手は手に突っ込んでるし鼻の頭は赤いし首すくめてるし・・・
「あ、ああの」
「なんですか?」
「い、いいつから?」
「へ?」
「ま、まま待ってた、の・・・?」
どうして男の人相手だとまともに話せないんだろう・・・
こんなの、頭おかしい子だと思われても仕方ないのに・・・
「えっと、学校終って帰って、着替えてすぐ来たから・・・五時くらいからですね」
「ご、五時?!」
に、二時間も待ってくれていたということになる。
この冬空の下マフラーも手袋も防寒着も何もなしに突っ立ってたということ?
二時間も?
「ば、ばかっ!!」
「え?あ、いや、きょうは何時に終るのか聞くの忘れてて・・・きょうだけですから」
「そ、それにしたって、ま、マフラーとか、ちゃんと着こんでくる、とか・・・」
ばつが悪そうに笑う恭嘉さんに、怒る気がどんどんしぼんでいって最後には聞こえるか聞こえないかぐらいの声になってしまった。
「ないんですよ、マフラー」
「じゃ、じゃぁ、いい今だけ」
足を止めて不思議そうにこちらを見下ろす恭嘉さんを横目で見ながら、首にまいたロングマフラーをはずしにかかる。
その途端、私の意図に気がついたのか恭嘉さんが慌てだした。
「そ、そんな、それじゃ闇さんが寒いじゃないですか!」
「わ、わ私はへ平気です、ち小さいころからささ寒さには慣れて、ます、から」
マフラーを差し出すも受け取ろうとしない恭嘉さん。
「あの、わ私のこと、は、気にせず、つ使って、ください」
「無理です」
「む、むりじゃ、なくて!」
じれったくなった私は少し背伸びしながら、恭嘉さんの首にぐるぐるとマフラーを強制的に巻いた。
恭嘉さんは抵抗するそぶりも見せずに、むしろ大人しい。
「あ、闇さん・・・」
妙に大人しかった恭嘉さんが不意に声を上げた。
マフラーを綺麗に巻くことに集中していた私は不思議に思って顔を覗いてみると、恭嘉さんの顔は苺みたいに真っ赤だった。
その顔を見てようやく、私は気づいた。
つま先立ちをしている私とマフラーを巻かれている恭嘉さんとの顔の距離はわずか10cmにも満たなかった。
「ご、ごごごごごめんな、さいっ!!!」
「い、いえ・・・」
私は慌てて後ずさった。5mほど・・・
両頬に手を当ててみると、案の定熱かった。
当然だ、ほんとに、心臓が飛び出るかと思ったもの。
体が震える。
初めて男性をあんな近くで感じて、体が震えている。
「び、びびびびっくりした・・・!か、かか顔が、あ、あんな、近くにっ!」
どうして背伸びした時に気づかなかったんだろう、あんなに近かったのに。
マフラー巻くのに真剣になってたから?
そもそも、恭嘉さんが素直にマフラーを受け取らないのが悪いのよっ。
「闇さん」
「は、ははははいっ!」
私が一人でてんぱっていたらいつの間にか、5m先にいた恭嘉さんが私の1m範囲に戻ってきていた。
「とりあえず、帰りましょう、早く帰らないと闇さんの体が冷えてしまいます」
何事もなかったかのように笑う恭嘉さん。
顔もさっきみたいに赤くない、いや、赤いけどこれは寒いからの赤さなんだろう。
恭嘉さんにとったら、そんなに気にすることでもないんだ。
それから恭嘉さんは、私が男性が苦手だということを悟ったのか、私と一定の距離をとりながら家まで送ってくれた。
「マフラーって」
「し、暫くの間、貸しておきます・・・」
「ありがとうございます、このマフラー暖かくて、外し難いと思ってたんです」
「わ、私は、家にいっぱいあるから・・・」
「じゃぁ、俺はこれで失礼します。また、明日」
「ま、また・・・明日・・・」
最後にすがすがしいほどの笑みを私に向けて、恭嘉さんは私に背を向け歩き出した。
門の前で恭嘉さんの背中を見つめながら、私は小さく息をついた。
「こんなんで、ホントに克服できるのかしら・・・」
あとがきという名の言い訳
きっと恭嘉君は帰ってもしばらくマフラーを外さないでしょうね。
恭「は、外すよ!」
どーだか。
まぁ、それは置いといて、なんか、ちょっとだけ長くなっちゃいましたね。
果たして、読んでくださっている方はいるのだろうか・・・
読んでくださった方は感想じゃなくてもいいので、一言拍手で『読んだっ!』と
いただけるとうれしいです、はい。
あ、ごめんなさい、ずうずうしいお願いですね、はい、すみません。
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