『君の温かさに気付かされて』 4



「もう、朝か・・・・・・」

初めて送り迎えをされた夜。
心臓がどくどくうるさくて、体の振るえが止まらなくて、眠れなかった。
恭嘉さんの手の感触と顔のアップが忘れられなくて・・・。
情けないと思いつつも、怖かった。
震えがようやく収まったころ、窓の外はもうほのかに明るくなっていた。

「きょうこそ頑張らないと・・・」

私はのろのろとベッドから這い出て、のろのろと服を着替え始めた。
今の私と同じようにのろのろと動く針は今、調度真下を向いている。
家を出る時間まであと一時間ちょっとあるということ。

「あと、一時間後に、恭嘉さんが・・・」

そう口に出せば一瞬だけ震える体。
しっかりしろと、自分に言い聞かせるように、自分の両頬を数回叩いた。

「怖がってる場合じゃないんだから」

着替えを済ませて、荷物の確認をする。
筆箱に手帳、それからお財布と・・・USBメモリーも持って行かなきゃ。
今日は保健だよりを提出しなきゃいけない日。
読んでる子はほとんどいないんだろうけど、それでも、生徒たちの健康を維持するお手伝いになっているなら、いくらでも頑張れる。

「あ・・・」

そこでふと思い出した。
そういえば、保健だよりは昨日帰ってきてから完成させようと思っていた。
昨日、帰ってきてパソコン触ってない・・・
私は足先から体中の熱が逃げていくような感覚を覚えながら、急いで机の上のパソコンを起動させた。

「早く・・・!」

私の逸る思いを知ってか知らずか、少し年季の入ったパソコンは一向に立ち上がらない。
OSの起動画面からなかなか動かない画面に焦りながら、とりあえずUSBメモリを差し込んだ。
ようやく起動したと思ったら、マウスが反応してくれない。

「もー」

さすがにちょっといらいらしてきた。
このパソコンはお父さんが昔使っていたもので、かなりの年代物。
そろそろ替え時かなぁ、なんて考えていたらやっとUSBメモリのフォルダを開けることができた。
その中にある『保健だより 12月号』のファイルを開く。

「はぁー…」

案の定、まだ完成されていなかった。
文章は打ち込んであるものの、イラストの配置がまだできていない。

「これくらいなら、朝行ってできるかしら・・・」

一通り目を通すと、なんとか学校に行ってからできそうだった。
ほっと安堵のため息をついて、私はパソコンをシャットダウンした。
すると、それを見越したかの用にノック音が響く。

「はい?」
「お姉ちゃん?私、亜里守」

朝から亜里守ちゃんが訪ねてくるなんて珍しいと思い、「どうしたの?」と聞くと思わぬ返事が返ってきた。

「いい加減起きてこないと・・・遅刻、しちゃうよ?」
「え?」

扉から顔を覗かせて、亜里守ちゃんが言った言葉に首をひねる。
私は不思議に思って聞き返した。

「まだ六時をすぎたところでしょう?」
「え・・・?」

すると今度は亜里守ちゃんが困ったような顔をする。
そして、私から視線をずらし壁にかけてある時計を見た。
瞬間、亜里守ちゃんはもっと眉尻を下げた。

「お姉ちゃん、その時計遅れてるよ」
「え・・・!えぇー?!」

私はあわてて鞄の中の腕時計を確認する。
すると、時計は六時四十分を示していた。

「う、うそ・・・」

時計が遅れてるなんて・・・、どうしてこのタイミングで遅れるの。
私がショックを受けていると、亜里守ちゃんは少し言いづらそうに口を開いた。

「は、早くご飯食べて準備したら大丈夫だよ」
「えぇ・・・」

亜里守ちゃんが部屋から出て行って、私も急いで鞄をつかんで部屋を後にした。

「姉上、今日はえらく遅い起床じゃのぉ」
「へ、部屋の時計が遅れてたのよ」

私が急いでリビングに入ると、すでに食後のコーヒーを飲んでいた地球ちゃんに怪訝そうな顔をされた。

「はい、お姉ちゃん」
「ありがとう」

今日の食事当番である亜里守ちゃんが朝食をよそってくれたけど、たぶん全部食べきる時間はないと思う。
でも、やっぱり一日の活力は朝ごはんからって言うし・・・。
一瞬悩んだけれど、私はおとなしく食卓について、いつもより急ぎながら朝食を胃袋に収めようとした。

「姉上、あんまり急いでかきこむと太るぞ?」
「わ、わかってるわよ」

まるで面白がっているかのように、地球ちゃんが声をかけてきた。
今はそんなことを気にしていられないのだから。
もう少しで完食というところで、ふいにチャイムが鳴った。

「こんな時間に誰だろう?」

亜里守ちゃんが玄関に見に行っている間に、私はほとんど冷めた豆腐の味噌汁を一気に飲み干そうとした。

「あ、阪井さん」
「あの、闇さんが遅いから、ちょっと、迎えに来ました」
「・・・!ごほっ、ごほっ、けほっ!」

玄関からかすかに聞こえた少し照れたような声に、私は味噌汁を変なところに入れて盛大に咽てしまった。

「いったいなんじゃ、いきなり」

地球ちゃんが驚いた顔で訪ねてきたけど、私は咽ながらも急いで食器を片づけた。

「お姉ちゃん、阪井さんが迎えに来ちゃったよ?」
「わ、わかってる!」

リビングに戻ってきた亜里守ちゃんにこたえて、私は椅子の隣に置いた鞄を持って急いで玄関に向かう。
そこには、昨日私が貸したマフラーをした恭嘉さんが待っていた。

「闇さん!」

私を見つけると、昨日と同じように恭嘉さんは私に笑いかけた。

「おはようございます」
「お、おおはよう」

その笑顔をまぶしく感じ、それと同時に昨日のことが思い出されて私の体は熱くなった。

「早くいかないと遅刻しますよ」
「は、はい!わ分かってます」

靴を履いて私が家の外に出ると、昨日の朝と同じように恭嘉さんが私の手を取った。

「え」
「今日も走りましょう!闇さん」
「え、あ、は、はい」

そうしてまた昨日と同じように走り出した恭嘉さん。
すこし強引に引っ張られながらも、昨日のように意識を飛ばすことはなく、ただ、つながれた手を見つめながら学校まで走った。

「じゃぁ、今日も迎えに来ます」

学校に着いて、恭嘉さんは私の手を放すと宣言した。

「え、あ、き、きき今日も、昨日と同じくらい、だと、お思います」

それに対して私が帰りの時間を言うと、恭嘉さんは本当に嬉しそうに顔を綻ばせた。

「分かりました!それじゃ、今日もお仕事がんばってくださいね!」
「は、はい、きき恭嘉さん、も」

それだけ言って、恭嘉さんはこちらを何度も振り向いては手を振って去って行った。
私は、さっきまで繋がれていた自分の右手を見つめながら校舎に向かって歩き出す。
今朝から二つもよくないことが起きてあまり頭が回っていなかったけど、学校に向かって走り出した時、恭嘉さんの頬が赤く染まっていたのを私は鮮明に覚えていた。

そして、このときの私は少し危険な種を家に忘れてきたことに気付かないでいた。





あとがきという名の言い訳
皆さん再開後第一発目の更新となりました。
闇ちゃんは最悪の目覚めでしたね。
そして、気づいているかたもいらっしゃるでしょう、闇ちゃんの忘れものをw
ではでは、まて次回!。



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